ラッピング施工で掴んだ「日本一」と「家庭」…ジーマイスター川上裕貴

ジーマイスター川上裕貴インタビュー
PPF・ラッピング

レース車両やカスタムカー、最近では個人車両のカラーチェンジなど、日本でも市民権を得てきたカーラッピング。今回はサービスそのものではなく施工者にフォーカス。日本カーラッピング協会(JCWA)主催の競技会で3大会連続優勝(別企業主催のも含めると4大会)を飾ったジーマイスター川上裕貴氏に、日本一までの道のりとラッピング施工という仕事の魅力を教えてもらいました。

整備士からラッピング職人へ

”日本一”と聞くとベテラン職人をイメージしますが、川上さんはお若いですよね。ラッピング施工歴はどのぐらいで、そもそも施工者になったきっかけはなんでしょうか?

平成2年生まれなので今年で33歳になりますね。25歳の時に今の職場に転職してラッピング施工を始めたので、キャリアとしては約8年です。
元々はメーカー系の自動車学校で自動車整備士1級を取得し、チューニングを得意とする自動車販売・整備ショップで勤務していたんです。サバンナ(マツダ)やジャパン(日産スカイライン)に乗っていた父親の影響もあり、子どもの頃からクルマが好きで…。長時間勤務や休日出勤など職場環境は厳しかったですが、仕事内容や人間関係はイヤではなく、実際今もその当時の同僚たちとご飯行くこともある程。ただ、当時結婚するにあたって給与面や将来性に不安を覚え、転職を考えたのが今に至るきっかけですね。

  • ジーマイスター川上裕貴インタビュー
    凄腕の施工技術を持ちながら温和な人柄の川上裕貴氏

カーラッピング施工は最初から転職候補だったんですか?

クルマ関連の仕事に就けたらなぁとは思っていましたが、正直ラッピングはあまり知らなかったです。一度チューニングのご依頼の一環でパーツにカーボン柄フィルムを貼りましたが、その時はお客様の持ち込みフィルムで「こんなのあるんだ」と思いながらなんとか試行錯誤して納車した、という感じでした。
なので、本格的にラッピングと出会ったのは弊社山口代表との面談ですね。転職のことを仲が良い姉にも相談していたのですが、たまたま山口代表と知り合いだった姉から「シール貼る仕事興味ある?」って聞かれて(笑)。「シール貼る仕事??」って頭にハテナが浮かび、ジーマイスターの名前も「なんとなく聞いたことあるかも」ぐらいな感じでした。ただ、私の状況を踏まえて山口代表にお時間いただけることになり、初めてお会いした時にラッピングの魅力など初歩的なことから具体的な給与面まで丁寧な説明を受けて、その場で入社を決めました。

即決だったんですね!不安はなかったんですか?

「厳しいよ」と言われていましたが、前職も決して緩くはなかったので「大丈夫かな」と。提示いただいた給与も前職の2倍以上だったので…。元々一人で暮らす分には問題ないお給料をいただいていましたが、家庭を持って大丈夫かなという不安から始まった転職だったのでとても大切なポイントでした。
でも当時は業界自体の歴史も浅く会社の体制が整っていなかったこともあり、今は教育も勤務体制も全然違うのですが、僕の時は最初の2年間はほぼ雑務のみ。ゴミ拾いや車両の洗浄など、ひたすら施工の前準備と施工中・後のフォローに終始していて、思いっきり職人の世界でした(笑)。

『飯炊き3年握り8年』の寿司職人さながらですね。下積みからどのようにキャリアアップされていったのでしょう?

入社半年ぐらいから給油口や牽引フックのカバーといった小物パーツを任せてもらえるようになり、徐々にボンネットやドアなど大きな面積の施工のサポートも、という形で…。
下積み時代はひたすら先輩方の施工を見て勉強していました。山口代表のほか外部の協力スタッフさんとも一緒に施工する機会が多く、その人たちが施工しやすいように徹底的にゴミ拾いをしつつ、技術を盗むつもりで『見て学ぶ』を徹底しました。分からないこともどんどん質問攻めしていましたね。
それでも、勤務時間だけではどうしても上達がままならないと感じ、施工で余った端材と自家用車を使って勤務後に自主練もしていました。今の時代、様々な業種でマニュアル化が進んでいますが、どうしてもラッピング施工は「どのように伸ばしたらシワが生じる」「どのぐらいの力をかけるか」といったことを”身体で覚える”必要があり…。「一人前になって見返してやろう」という負けず嫌いな思いも割とモチベーションになっていました。

  • ジーマイスター川上裕貴ラッピング車両
    自家用車で自主練もしたという川上氏。写真は現在の愛車スズキ・イグニス

正解のない世界で確立した“1つの正解”

職人の世界で成長できる負けん気…。さては運動部出身ですね?笑
そこから成長されて大会で活躍されるまでは順風だったんでしょうか?

はい。学生の頃は剣道やサッカーをやっていました(笑)。でも、施工を覚えるまでもある程度覚えてからも怒られたり失敗したりの山積みです。
例えばラッピングの前段階でも、弊社では「ただ貼るだけではなく、キレイな状態で納車してお客様に喜んでもらう」というのを心がけており、マイクロファイバークロスの使い方一つで山口代表から注意されたり…。また入社して3年目を迎えた時にはエイブリィ・デニソンの認定試験(※)を受けたのですが、実技は受かったものの筆記試験で落ちてしまったことも。やはり綺麗に貼れるだけでなく、プロとしてカーラッピングをお客様にしっかり説明するためには、フィルムの素材特性や日本の気候を踏まえた耐候性などを理解しておく必要があるかと思います。もちろんその後再受験して認定取得しました(笑)。
※ラッピングフィルムブランド「エイブリィ・デニソン」のラッピング・インストーラープログラム認定試験

怒られたり失敗したりの後はメンタル凹みますよね…。

落ち込むときは思いっきり落ち込みます。でも山口代表はもちろん、外部の職人さんたちも声を掛けてくれたり丁寧にフォローしてくれました。
実はエイブリィ・デニソンの認定修了後、ある程度貼れるようになったゆえに変な自信を持ってしまった時期があったんです。施工時間は早くなったけど、シワや空気が残ってしまうといったミスも…。その時にある職人さんが「まだスピードを求めなくて大丈夫。”早い施工”は同業者からしたらカッコよく見えるかもしれないけど、お客様は仕上がった姿しか目にしないよ。だからキレイな仕上がりが大切で、そのためには1つ1つの処理を丁寧にね」とフォローしていただいたことは今も心に残っています。そんな教えもあり、一時「フィルム1枚で貼ること」にこだわった時期もありましたが、今はフィルムに負荷がかかって剥がれるリスクも踏まえ、分割して貼る(捨て貼り)方法を採用した上で「キレイな仕上がり」を追求しています。

決まった貼り方というのがないんでしょうか?

ラッピングは人によって施工方法が異なり、貼り方に”絶対の正解”はない世界です。”絶対に間違っているといえる貼り方”はありますけどね(笑)。
ラッピング自体も、レース車両や痛車のような出力したデザインを貼ることもあれば、個人カーオーナー様向けの単色カラーチェンジなど、目的・車両によって様々。デザインの場合はパネル間でデザインが崩れないように、カラーチェンジの場合はキレイな仕上がりと、それぞれ求められる品質も異なります。施工車両がメディアなどを通じて多くの人に見てもらえるというのはレース車両を手掛ける醍醐味ですし、見た目がガラッと変わることでカーオーナー様に喜んでもらえるのはカラーチェンジの魅力。弊社はそれぞれの仕事を様々な現場で、また業界の多彩な人たちと協力して施工する機会が豊富です。だからこそ、幅広い諸先輩方の様々な施工を間近で学べたというのは、とても大きな糧となっています。

様々な施工法を学んだ末の自己流が”1つの正解”であることは、大会優勝という形で証明されましたね。

初めて優勝できたのは2019年の「3Mラップフィルム・ラッピングバトル」。でも実は、その前年に日本初となるラッピング大会(ワイエムジーワン主催)にも参加していて、その時は2回戦で負けてしまったんです。まだキャリアも浅かったので「どこまでいけるかな」という気持ちも大きかったですが、正直とても悔しかった。僅差(※)で負けてしまい、自分自身に対して「なんでこれしかできなかったのか、もっとできなかったのか」と腹が立ちました。
なので19年はリベンジの想いで参戦。初戦で前回優勝者に当たってしまって昼食が喉を通りませんでしたが、なんとか普段通りの施工技術を発揮でき、良い結果を納めることができました。ただただ嬉しかったですね。

その後、同年11月の大会でも優勝! その副賞で世界大会にも挑戦されたんですよね?

初開催となったWorld Wrap Masters(ワールドラップマスターズ=WWM、主催:FESPA)の日本大会優勝で出場権をいただき、当初は翌20年3月の世界大会に出場予定でした。ただ、残念ながらコロナ禍で延期され、22年6月にドイツ・ベルリンで戦って参りました。世界各地のWWMの勝者14人が集まり、初日を勝ち抜けるのは6人。そこには残れたのですが、結果的に次の準決勝で破れてしまいました。
国内大会の経験もあって自信は持っていたのですが、とにかく周りの選手の動きの早さに驚かされ、初日の段階から不穏な空気を感じ…笑。最終的に焦りもあって致命的なミスを犯してしまいましたが、同年代の参加選手も多く、世界基準の施工を目の当たりにできたのはとても良い経験になりました。

  • ジーマイスター川上裕貴インタビュー
    2022年9月のWWMジャパンの様子

次世代の育成へ 構築したホワイトな職場環境

残念ですが、ラッピング大会への出場は一旦休憩とのこと。

19年の2回の後、21年(全日本カーラッピング選手権)、22年(WWMジャパン)の大会でも優勝を果たすことができたのですが、JCWA主催ラッピング大会は参加NGとなってしまい…笑。
でもそれだけでなく、個人的にも今後は「次世代の施工者の育成」に取り組んでみたい気持ちがあります。決して施工の現場を退くつもりはありませんが、1つのきっかけが先のドイツでのWWMで見た光景。決勝に残った6人の中に20代の女性がいたのですが、その人が勝ち進む樣子を先輩施工者が喜びながら見守っていて、次世代の育成もいいなぁって。

現在ジーマイスターでは川上さんが「施工部マネージャー」として現場を取り仕切っているんですよね。メンバーは何人いるんですか?

施工部署は私含めて社内スタッフが4人、加えて外部の先輩職人さんも常駐的に協力してくれています。9時出社で、毎朝その日の仕事内容を確認しつつフィルムのカットや車両への施工などメンバーそれぞれの作業内容を割り振って、という流れですね。
社内スタッフはみんな20代でラッピング未経験での入社でしたが、「ラッピング施工をしたくて別のショップさんから紹介された」「最初からジーマイスターさんで働きたいと思っていた」といって遠方地から上京してきている人もいて、ラッピングの認知が徐々に広がっているように感じます。

川上さんの時はスパルタだったとのことですが…。

別部署の若手スタッフとも「今の時代にあったホワイトな職場環境を作っていきたいね」とは話していて…。施工技術のマニュアル化をしづらいので私も試行錯誤しながらではありますが、今は労働時間や教育体制などホワイトと呼べる環境を徐々に整えています。
どうしてもモータースポーツの開催シーズンなど繁忙期は、レース車両への施工などが立て混んで残業や出張作業が続いてしまうこともありますが、平時は基本的に定時上がり。私も仕事を家に持ち帰りたくないと思っており、帰宅後は家族と過ごす時間を大切にしています。良いか悪いかは別ですが、私が残業しなければならなかった時、若い子が気を使って一緒に残ってくれようとしてしまうので、一旦一緒に帰るフリをして会社にまた戻ってくる、なんてこともありました(笑)。

ただベースは職人の世界。仕事に求められる資質もありますよね?やっぱり器用さは必要ですか?

まだ私も業界歴が長いわけではないので偉そうなことはいえないですし、どのお仕事でも共通する部分だとは思いますが、ヤル気とか元気とか向上心みたいなのは不可欠だと思います。
先にも申した通り「正解がないやり方を身体で覚えていく」世界です。会社でも出張先でも、施工の現場で見て学ぶ意欲が高い人は成長するスピードに差が出ます。手先は器用に越したことはなく私も図工が好きなタイプでしたが、向上心とか負けず嫌いとかそうしたマインドの方が大切なのではないでしょうか。

ぜひ、第二の川上さんが生まれるのを楽しみにしています!

次世代の育成に挑戦しつつ、私自身としては施工という仕事が好きなので、現場にはずっと居続けたいとも思っています。今年6月にも、昨年のWWMジャパン優勝で出場権を勝ち取ったドイツ世界大会があるので、前回のリベンジを果たしてきます!

  • ジーマイスター川上裕貴インタビュー
    昨年移転リニューアルしたばかりの明るく綺麗な社屋。空調完備で良好な作業環境

日本でもカーラッピングは徐々に広まりつつあるものの、まだまだ海外に比べると限定的。特に施工者は、業界内で「フィルム特性を適切に理解して施工できるプロは数えるレベル」ともいわれる程です。ただ、そんな歴史が深くないサービスゆえに、川上さんはじめ世界の施工者のように若くして世界の舞台に台頭できるチャンスも小さくありません。クルマに携わって生きていきたいという人は、1つの選択肢として目を向けてみてはいかがでしょうか。

CARDE編集部

90年代前半から東京都下でショップを営むプロディテイラーと元業界紙記者のコンビ。“現場のリアルな視点”と“客観的な情報編集力”でカーユーザー第一の情報をお届...

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