施工歴3年の磯氏が優勝! 技術の高まり、施工者の広がりを感じたJCWA「全日本PPF選手権2023」
日本カーラッピング協会(JCWA、苅谷伊会長)は11月24〜26日の3日間、ペイントプロテクションフィルムの施工技能を競う「第2回全日本ペイントプロテクションフィルム選手権2023(PPF選手権)」を開催。3日間にわたりとても高い技術水準で競い合った結果、Rocky shoreの磯真仁氏が優勝に輝きました。PPF選手権の会場は11月23〜26日にポートメッセなごやで開催されていた「名古屋モビリティショー2023」会場内。PPF施工の魅力や繊細さを広くPRするとともに、参加選手や競技の模様からは成長市場と目されるPPFのビジネスとしての潜在性・展望も垣間見えました。
シビアな規定時間で貼り切るプロたち
PPF選手権は、ボディ塗装面の保護を図るペイントプロテクションフィルムの施工技能を競う大会。2022年3月に第1回が開催され、2回目の今回は最年少は18歳から50代の業界ベテランまで41人のプロが参加しました。
競技は3日間・全4ラウンドにわたる勝ち残り戦。同一車種4台(今回はテスラ・モデルY)を対象に制限時間内に指定のパーツへ規定のPPFを貼り付け、その仕上がりをJCWA審査員が審査。施工内容は大会当日まで選手に明かされず、使用フィルムもスポンサーを務めたエクスペル、3M、フレックスシールドと複数製品(いずれもクリア・グロスタイプ、事前にパーツ形状にカットされたプレカットフィルム)が採用されるなど、極力公平な競技環境の下に実施されました。
1日目は、フロントフェンダー片側を7分で施工する第1ラウンド、ボンネットハーフを6分で施工する第2ラウンドが行われ、その両方の合計点の上位24人が2日目に進出。2日目は30分でフロントバンパーを貼る第3ラウンドを通じて8人にまで絞られました。
最終日は午前の第4ラウンドで4人が勝ち進み、午後の決勝はフロントバンパー・両側フェンダー・ヘッドライト・ボンネットをわずか100分で貼るという競技内容。1つ目のハードルである「規定時間内に貼り終える」という点は4人とも余裕を持ってパスし、細かな仕上がりの差が審査された結果、磯氏が優勝を飾りました。
優勝した磯真仁(まさひと)氏は、自社ショップは構えず同業他社のサポートを中心に活動する37歳の施工者。元々は鈑金業に長年従事し、凹みを塗装なしで修復するデントリペアとPPF施工の技術を軸に2022年に大手ショップから独立しました。驚くのは、本格的にPPF施工を始めたのが20年頃からで、まだ施工歴は3年程という点。磯氏は大会後、今回の優勝について「第1回PPF選手権にも参加したのですが、2日目の第3ラウンドで貼り切れず採点なしで敗退というとにかく悔しい結果に終わってしまった。なので今回はひたすら「貼り切ること」を目標に参戦した。途中から周囲の応援なども受けて最終日こそ優勝も頭をかすめたものの、終始目標通りに「貼り切ること」に徹したら嬉しい結果がついてきてくた」と振り返ります。
そして施工歴が短くても1位になれた勝因については、「技術職なのでとにかく人の技術を盗み、分からなかったら聞く。先輩・後輩関係なく自分に落とし込めることは取り入れるというのをひたすら続けてきました。今回の大会中も、他の競技者の手法を見て試してみたり情報交換したり…。優勝した今も自分のPPF施工は完成したとは全然思っておらず、これからも常に良い方法を模索し続けたいです」と、職人らしいストイックな言葉を残してくれました。
▼決勝戦の結果
1位:磯真仁氏…東京都Rocky shore
2位:井上睦基氏…神奈川県P-Factory
3位:高橋達也氏…長野県FILMZ
4位:トレンゴブ海氏…大阪府リンダファクトリー
また決勝に残った4人は、元車体整備士(鈑金)で大手ショップから独立した磯氏、決勝唯一の女性施工者で第1回大会優勝者の井上氏、元整備士で長野県でショップを営む高橋達也氏、カーラッピング(塩ビ素材のドライ貼り)の施工競技大会でも上位常連のトレンゴブ海氏と、それぞれに多彩なキャリアを持つ面々。経験年数の浅い若手でも、小柄・非力な女性でも、都市部に比べ高級車や人口が少ない地方の施工者でも業界一線の舞台に立て、他の施工サービスと並行して高い技術を習得できる可能性がある…。決勝の面々からはそうしたPPFの奥深さやビジネス的な優位性を改めて窺い知れると同時に、そうしたPPFの魅力は今の時代、コーティングやカーフィルムといったディテイリング関連に留まらず、車両販売や整備、鈑金塗装、部品・用品販売といった数多の自動車アフターサービスの中でも勢いづいている稀有な世界であることを感じました。
高まる技術水準と競技会の意義
PPF施工を検討するカーオーナーとしてこうした大会を見ると、「優勝者に貼ってもらいたい」という気持ちを抱くこともあるかもしれません。ただ、今回のPPF選手権については「一般カーオーナーが依頼する施工サービスに関してはあまり関係ない順位」という見方も…。
というのも、例えば決勝戦でも1〜4位まで順位こそついているものの、決勝戦後の実況では自身もラッピング施工を手掛けるJCWA山口理事が「中継カメラで観戦していると、画面越しでも選手たちの力量の差が見える場合もあるが、決勝戦ではみんな差がなかった」とコメント。
また優勝した磯氏自身も、「競技はあくまで規定時間が設定された競技で実務の施工とは異なる。『大会の結果がそのままショップでの施工サービスの品質差になるか』というとそんなことは絶対にない。決勝に残れなかった選手達でもとても高品質な施工サービスを提供しているお店があるし、僕が勝ち進めたのにも運の要素も大きい。そのぐらいハイレベルだった」と話してくれました。
そもそも選手たちは、下手な結果を残せば自社の名に傷がつくリスクを背負って参戦しています。PPF施工は資格不要で名乗れば誰でもできる事業で、PPF施工の看板を掲げるショップも全国で数多くある中、そのリスクを背負って選手権に出場している時点で品質に一定の自信を持っていることが窺えます。なので、施工ショップを検討するカーオーナーにおいては、大会の順位にはあまりこだわらず、むしろ選手権に出場しているショップが行きやすい範囲にあったらラッキーぐらいに捉えた方が結果的に得策かもしれません。
一方で、大会を通じて施工技能を競い合い1位を目指す意義は、カーオーナーに対してよりもむしろ選手自身や業界内においての方が大きいかもしれません。業界関係者や大会参加者などから聞こえてくるのが「施工技術者のモチベーション向上」と「業界全体の技術水準の底上げ」の2点です。
施工を生業とする職業上、日常的に自社や協力ショップ以外のスタッフと関わる機会は限定的。そうした中で、同業者とイコールコンディションで競い合える、ひいてはより高度な技術に出会えるきっかけにもなる選手権は、常日頃から技術の高みを目指す職人にこそ有益な機会。そこで1位を目指すこと自体が技術向上に資する部分は少なくないようで、自社ショップを持たない(=優勝が一般顧客向けの宣伝にはならない)磯氏の「出て良かったしまた次も挑戦したい」との一言がそれを物語ります。
そして、大会参加者は、あくまで日本でPPF施工を手掛ける人のごく一部。ただ、磯氏をはじめとしたそのストイックな一部の施工者が技術研鑽し続けることで、国内のPPF施工の業界への波及、ひいてはカーオーナーにとってもより高品質・より効率的な施工サービスとなって恩恵が巡ってくることが期待されます。JCWA苅谷伊会長は表彰式終了後、「決勝の4人も、今回の3日間だけでも成長していると思う。1つの競技を通じて他の選手から技術を学びステップアップしている。そうした学びの環境こそJCWAが提供できる贈り物」との挨拶を述べて大会を締めくくりました。
今が参入チャンス? 新たな“クルマ関係の仕事”
そんな意義深い競技会が開催されたPPFですが、現時点ではまだまだ一般カーオーナーに行き届いている情報が限定的と思われる点も。PPF選手権の観客席では、名古屋モビリティショー一般来場者からは「ラッピングの大会だって」「色変わってないけど何貼っているのかな?」といった声もちらほら…。また会場と同じホールの入り口付近にはハットリマーキングが3MのPPF・ラッピングを展示・デモ実演していましたが、そこにも物珍しそうな視線が注がれており、クルマへの関心が一般より高いであろう名古屋モビリティショー来場客においてもPPFの認知は限定的な側面があることが垣間見えました。
一方で、PPF選手権隣にブース出展していた福井県のラッピング・PPF施工ショップ「ジーデザイン」によると、近年はラッピングよりもPPFの施工依頼・問い合わせの増え方が著しく、実際の施工台数もPPFの割合が増加。「特にフェラーリやランボルギーニなどスーパーカークラスでは半ば新車時に施工するのが当たり前のレベルになりつつある。そうした車両の販売店からの依頼も増えている」と現状を話します。
また、同じくPPF選手権の近くに出展していたプロスタッフのブースでもPPF施工サービスの案内ボードを展示。カーケア用品などの製造・販売でお馴染みのプロスタッフでは、2021年4月に愛知県清須市に直営施工ショップとなる洗車・コーティング専門店「BEAUTY1(ビューティーワン)」を開設。オープン後、顧客からの要望の多さを受けてPPF・ラッピングの施工サービスを追加したそうで、「モールやドア周りなど部分施工を中心に施工件数は増えている」そうです。
ここ数年で需要を急成長させているPPF。そうした中で、供給力(施工者)が追いついていない側面も徐々に浮かび上がっています。優勝した磯氏は「施工のサポートで色々なショップさんを回っている立場もあり、施工者が足りていないのを日々強く感じる。ただ、一朝一夕で技術修得できるものではなく、各ショップが自社の技術者を育成することも容易ではない」と現状を分析。その上で、「個人的には自社ショップを構えるのも1つの夢ですが、技術職人の育成をサポートするような取り組みもできたらなぁと漠然と考えていたりします」と自身の展望を語ってくれました。
まだ成長途上と見られるゆえに、施工サービスとして広がる可能性もビジネスとして参画するチャンスも小さくなさそうなPPF。「クルマ好きでクルマに触る仕事がしたい」「手に職の技術職をやりたい」。そんな人は愛車への施工と同時に、働き口として見てみても面白いかもしれません。